2007年5月14日月曜日

SNSについて

SNSは最近までやっていた。ユーザー数の多い某SNSでしばらく遊んでいたが、自分は飽きてしまい、止めてしまった。特に他のユーザーと会話して面白いところもないし、何か自分の知らない情報が得れるというわけでもなく、これは時間とエネルギーの無駄だと判断し、さっさと止めた。

SNSが受ける理由として一般的なもの、例えば他人とコミュニケーションしたいとか、趣味の話をしたいとか、新しい仲間や出会いが欲しいとか、場合によっては友達作りや恋人作りに活用したいとか、まあ、そうゆうのは分かる。要は単なる暇人か、やはた人恋しい人か、趣味ややることがなく自分を持て余している人向け、という印象だ。忙しい人でもSNSやブログを作る人というのは、仕事上必要だったり、宣伝を兼ねたりする場合が多いような気もする。この場合は営業活動の一環と考えた方がいいかも知れない。

個人的にはSNSはつまらないし、これが受ける理由がよく分からない。内容の濃いコミュニケーション(この質的な側面は人の考えによってだいぶ異なる)など滅多に作れるものではないし、ネット上といっても、所詮は自分たちの入力した、恣意的な内容の文字情報に過ぎない。このブログでもそうだが、ネットの大半の情報は文字情報である。文字情報は昔から人間には慣れたものだし、特に新しいものではない。その意味ではネット情報などは新しいものではないのだ。ニュースの速度ではネットよりもテレビやラジオの方が今でも速い。例えば地震情報では30分から1時間くらいネットの方が情報掲載が遅い。

SNSのコミュニティも参加したが、凡庸な記載が多い。例えば芸術に関するコミュに参加したが、そこでの書き込みの大半が、展覧会やコンサートの素人的な感想が大部分で、内容のある会話になっていなかった。そしていつしか誰も書き込まなくなり、そのコミュを忘れてしまう。

こんな内容でも参加したがる人もいるが、それは周囲に同じテーマで世間話できる人がいないからだろう。それだけ現実社会ではみな孤独なのか。芸術をテーマにしても、たわいのない会話が中心なのだから、たいして刺激的でもないし、新しい知識や情報もないしで、飽きない方がおかしいくらいだ。



オフ会には今だに参加したことはないし、参加するつもりもないが、はたから見ていると、やたらオフ会を開催したり参加したりするうちに、オフ会で合うメンバー間で、ちょっとした齟齬や軋轢が生じて、場合によっては、日々のストレスの一つになってしまっているようだ。もっともそれはご本人にはあまり自覚はないようだが。

また基本的に何も知らない匿名に人間同士の会話なのだから、日常生活のしがらみから解放されているはずなのに、毎日ネットで接続しているうちに、例えオフ会などに参加しなくても、コメントのやり取りなどで、ちょっとしたトラブルも発生するようだ。そのため、SNSが日常のもう一つのしがらみと化しているという人も、中にはいるようだ。

ネット上の世界と現実のリアルな世界とは分けて考えたり、実践する人も多いと思うが、もうこの両者は特に分けて考える必要はないのかも知れない。ネットで知り合った人物と直接会ったりする人も多いと聞くから、もうネットと現実の生活とは別異に考える必要を感じない。

つまりSNSは今まで仮想の世界で、匿名のみの、だからこそより自由な空間や関係を他人と持てたという、特殊性を持っていた。これは他人と関わる行為では、実社会には存在しないものであった。それがネットによって思わぬ自由な世界が現出したので、人々はそれに飛びついた、という印象を個人的には持っている。

ところで一部では、このSNSの上記「日常化=ネットの現実世界化」の一つということを重荷に思うタイプの人間と、「日常化」してくれたからこそ、より楽しめると思って参加してくるタイプの人間と両方いるんだろうと思う。「日常化」をより楽しむタイプが今後増えるのではないかという気がする。ネット上の従来からよくあるタイプは、おそらく「日常化」をあまり望まないタイプだ。それを思うと、これからネット上のコミュニケーションは質的な変貌が生じるかも知れない。



昔インフォシークのサービスで「プロフィール」っていうのがあった。ここで5年くらい前に遊んでいたことがある。この「プロフィール」は日本ではSNSの草分け的存在だったと思う。足跡や日記、掲示板のような誰でも書き込みできるものが、各ユーザーにあって、たくさんのユーザーと会話することができた。

その中で知り合った人物は面白い人が多かったが、今ではまったく関係を持っていない。今頃は何をやっているのだろう。女性にも一人会った。こちらは恋人募集していなかったが、先方は恋人募集目的だったらしく、実際に会って話をしたら、だいぶ齟齬が生じて会話がうまく運ばなかった。

この女性、会っていきなり自分の出自の話をしだし、何かお見合いと勘違いしているようだった。そしてこちらの身の上を細かく聞きたがった。かなり質問攻めにあり、辟易した。今思い出せば懐かしい。彼女は現在幸せな結婚をしているだろうか。ちょっと気になるところもある。