『法の精神』を読んで、今までぼやけていたところが、少しはすっきりとした。
ところでこの『法の精神』には、なんと、日本のことについて書いた章がある。第1部の第13章「日本の法律の無力さ」というものだ(180頁)。
この章の他にも所々、日本について言及されている箇所がある。モンテスキューが日本を知るために使った本の一つである、『東インド会社関係旅行記集』という名前をネットで検索したら、島田孝右という人の『モンテスキュー著『法の精神』と日本』という論文がヒットした。
この論文でモンテスキューが『法の精神』の中で日本について論じている箇所とその詳しい注釈を読むことができる。
モンテスキューが日本を知るために参照している書物は、ケンペル(ケンプファー)の『日本誌』や『東インド会社関係旅行記集』という本らしい。
第13章の「日本の法律の無力さ」では、モンテスキュー自身の注釈では、もっぱら『東インド会社関係旅行記集』である。上記の島田という人の論文でもこの本の詳しい内容については紹介していないが、カロンという人物の『日本大王国志』などの記録が含まれているそうだ。
この東インド会社の出した旅行記がどういったものなのか、『法の精神』の翻訳の注にも詳しいことは書いていない。
『東インド会社関係旅行記集』における日本の記述は、そこそこ史料的価値もあるようだ。
しかしながら、日本についての記述はおかしいような気もする。奇妙な印象も受ける。この13章「日本の法律の無力さ」でモンテスキューが言っていることは、日本の刑罰が残虐で過酷だから、かえって執行がひかえられたり、人民が厳しい刑罰に慣れてしまって、本来の厳しい刑罰の持つ抑止力が無くなってしまうのではないか、という内容のことだ。その意味で日本の法律が無力なのだとしている。
例えばこんな感じだ。
「そこでは、ほとんどすべての罪は死をもって罰せられる。なぜなら、日本の皇帝ほど偉大な皇帝に服従しないことは、大変な罪であるから。」
「役職者の前でなされる虚偽の申立ては、死をもって罰せられる。これは自然的防御に反することである。 罪の外観をもたないようなことも、そこでは厳しく罰せられる。たとえば、遊戯に金を儲ける者は死をもって罰せられる。」
「生まれつき死を軽視し、ふとした気紛れからでも腹を切るような人々が、刑をたえず見せつけられることによって、矯正あるいは抑止されるものであろうか。むしろ、それに慣れてしまうのではなかろうか。」
こうしてモンテスキューの主張を見ると、どうも違和感を覚える。ちょっとしたことでも死をもって償うというような刑罰を江戸時代の日本はやっていたのだろうか?
西洋人はわからない武士のしきたりの中で、ちょっとのことで切腹するように見えたの知れない(例えば忠臣蔵での「殿中」とか)。
それに、上の引用にある「ふとした気紛れからでも腹を切る」などということが本当にあったのかね?これはかなり誇張があると思う。気紛れで切腹などしないと思うが。
また、たえず重い刑罰(死刑とかを)見せつけられている、という言い方も誇張があると思う。
このような内容を、かのモンテスキューが大真面目で書いているのも、なかなか面白いと思うが、単に面白いだけではなく、気になる記述も、個人的にはあった。
今まであまり聞いたことのない、昔の日本の社会のことについて、少しだが書いてあり、こうしたことは、ことによると、わりと正確な記述で、むしろ我々日本人の方が知らされていないのではないか、とふいに思ったりした。
モンテスキューが書いているのは、わりと治安の悪い日本社会の様子だ。治安は昔から日本は良かったという印象を自分は持っていたが、それとかなり違っている。
例えばこんな様子だ。
「メアコ(都)における皇帝とデイロ(内裏=天皇)との会見を読む必要がある。ならず者によって窒息させられたり、殺害されたりした者の数は信じられないほどであった。少女たちや少年たちがさらわれて、丸裸にされて、通ってきた場所がわからないように布袋の中に閉じ込められ、広場にさらされているのが毎日の時ならぬ時刻に見出された」
「人はなんでも欲しいものを盗んだ。馬に乗っている者を落とすために馬の腹を割いた。貴婦人たちを掠奪するために乗物をひっくり返した。オランダ人は桟敷の上で夜を過ごすと必ず暗殺されると聞かされて、そこからおりた、等々。」
このようなことは、はじめて聞いた。これを読むと、当時の日本はかなり治安が悪い印象を受ける。当時は本当にこんな感じだったのだろうか?
それにしても面白いのは、引用した文章に出てくる「皇帝」とか「デイロ」とかいうものだ。どうも「皇帝」というのは、徳川将軍のことであるらしい。デイロというのが天皇のようだ。都をメアコと書いてあるのも面白い。
モンテスキューの書いた日本についての話しはここまでにしておく。
まだ自分はモンテスキューの『法の精神』を全部読んでいない。これから丹念に読んでいく予定。